chez sugi
書評掲載回数:27 回
このサイトで書かれた書評
2010 17:06 |
岸本佐知子編訳『変愛小説集II』
(約700字) - chez sugi
「恋愛」じゃなく「変愛」。編訳者によるあとがきから引用すると「愛にまつわる物語でありながら、普通の恋愛小説の基準からはみ出した、グロテスクだったり極端だったり変てこだったりする小説」を集めたアンソロジーの2集目。最初は当然のように1集目から読もうと思っていたが、たまたま本屋に置い・・・[続きを読む] |
2010 16:12 |
サン=テグジュペリ(二木麻里訳)『夜間飛行』
(約1000字) - chez sugi
20世紀に入って電気が都市の照明に使われるようになり、闇が光で満たされるとのと前後して、飛行機が空を飛び始める。しかし、これら二つの神秘の領域、夜と空が重なる、夜間の空は、長い間未踏の領域だった。この小説は、1930年前後、まだ危険だった夜間の空を、郵便機に乗って飛んだ、いわば開・・・[続きを読む] |
2010 14:52 |
セルバンテス『ドン・キホーテ(前編)』
(約1600字) - chez sugi
ドン・キホーテを知らない人はいないだろう。ディスカウントストアの名前にもなっている、水車を巨人だと思って突撃したエピソードは誰しも子供の頃に耳にしているはずだ。ところが、実際に小説を読んでみた人はほとんどいないのではないだろうか。何しろ、文庫本で6巻もの大作だ。さて、今回、ゆっく・・・[続きを読む] |
2010 13:00 |
マイケル・サンデル(鬼澤忍訳)『これからの「正義」の話をしよう 今を生き延びるための哲学』
(約2600字) - chez sugi
あなたは路面電車の運転士で、ブレーキがきかないことに気づく。前方には5人の作業員。待避線に入れば5人の命は助かる。だが、そちらにも作業員が1人いる。あなたはまっすぐ進むのと待避線に入るとのどちらを選択すべきか。あるいは、あなたは同じ事故を目撃している傍観者で、橋の上にいる。今度は・・・[続きを読む] |
2010 14:00 |
デイヴィッド・アンブローズ(渡辺庸子訳)『リックの量子世界』
(約1000字) - chez sugi
SFのジャンルの中でも並行世界ものに特に目がない。タイムトラベルものだとどうしてもいった先の時代の描写とかタイムパラドックスの回避方法なんかに紙幅を費やしてしまうが、並行世界ものは純粋にアイディアを展開できるし、物語の自由度も高い気がする。2009年の終わりから2010年のはじめ・・・[続きを読む] |
2010 11:14 |
柄谷行人『トランスクリティーク----カントとマルクス』
(約1700字) - chez sugi
高くて分厚い単行本を手にとってため息をついてまた戻したことがあったが、文庫化されたのでようやく入手。カントの主観的で静的な哲学に対し、ヘーゲルは弁証法という手法により社会的で動的な哲学を構築し、さらにヘーゲルのの観念性を批判してマルクスが経済を下部構造とする史的唯物論を唱えた、と・・・[続きを読む] |
2010 12:46 |
ジェーン・オースティン『高慢と偏見』
(約1200字) - chez sugi
『高慢と偏見とゾンビ』というパロディーのマッシュアップ作品が刊行されたらしい。「これください」「ゾンビ入りにしますか、ゾンビ抜きにしますか?」「えーと」「最初ゾンビ抜きを試してからの方が、よりゾンビの味が楽しめると思いますよ」「じゃ、抜きで」ということで、読み始めたのだが、そうで・・・[続きを読む] |
2010 14:00 |
フリッツ・ライバー(中村融編)『跳躍者の時空』
(約700字) - chez sugi
本書の存在を知ったのと、フリッツ・ライバーの名前を知ったのは、完全に同時。だから、受け売りで書くが、フリッツ・ライバー(1910-1992)はSF、ファンタジー、ホラーなど幅広い分野で活躍したアメリカの小説家だ。ライフワーク的な『ファファード&グレイ・マウザー』シリーズが有名らし・・・[続きを読む] |
2009 11:20 |
東浩紀『クォンタム・ファミリーズ』
(約600字) - chez sugi
東浩紀自身の分身のような哲学者・批評家・小説家葦船往人とその家族たちがパラレルワールド間を行き来し、時代を飛び越え、新たな家族の絆を模索する本格SF(SpeculativeFantasy)。量子回路のネットワーク、人間の意識を媒介にしたパラレルワールドというSF(ScienceF・・・[続きを読む] |
2009 13:56 |
川上未映子『ヘヴン』
(約800字) - chez sugi
同級生からひどいいじめをうけている中学生の少年のもとに「わたしたちは仲間です」というメッセージが届く。会いにいってみると、同じようにいじめられている同級生の少女だった。ぼくだったら、同病相憐れむという感じがして、かなりがっかりすると思うが、このコジマという少女は単なるいじめられっ・・・[続きを読む] |
2009 13:41 |
宮沢章夫『時間のかかる読書----横光利一『機械』を巡る素晴らしきぐずぐず』
(約700字) - chez sugi
横光利一(1898-1947)の代表作のひとつである、『機械』という、三段組みで詰め込めば14ページにしかならない中編小説を、月1回の雑誌の連載の中で、11年間132回読み続けたエッセイをまとめた本。『機械』本編も収録されている(青空文庫でも読めるが)。最初の3回は全然違う話題に・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
丹治春信『クワイン -- ホーリズムの哲学』
(約2200字) - chez sugi
日本では、アクロバティックな言葉のパフォーマンスをくりひろげる、フランスを中心とした大陸系の現代哲学ばかりが紹介されてきたけど、それとは別に、英米ではもっと地道に、言語や論理についての研究が進められてきた。分析哲学あるいは言語哲学と呼ばれる分野だ。もともと数学や論理学が好きだった・・・[続きを読む] |
2009 13:46 |
高原基彰『現代日本の転機―「自由」と「安定」のジレンマ 』
(約1200字) - chez sugi
長引く不況からなかなか回復できず、さまざまな問題が山積する現代日本社会。そうなった経緯や背景が共有されないまま、ぞれぞれの立場に応じた被害者意識ばかりが増長し、一部には何の根拠もない陰謀論や妄想がまかり通っている。本書は、ここ数十年の歴史を振り返ることで、そんな現状を理解するため・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
ティム・オブライエン(村上春樹訳)『世界のすべての七月』
(約800字) - chez sugi
村上春樹の創作の秘密を知りたいのなら、彼が翻訳した小説を読めばいいのかもしれない。人物描写とか会話、比喩などそこかしこに村上春樹らしさの断片がちりばめられていて、翻訳でなく村上春樹の作品を読んでいると錯覚する瞬間が何度かある。1969年に大学を卒業した同級生たちが、2000年7月・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
カズオ・イシグロ(土屋政雄訳)『日の名残り』
(約700字) - chez sugi
長年ひとつの屋敷に勤め上げ老境にさしかかった執事ミスター・スティーブンスが、イングランド西部地方を自動車で一人旅する。彼の目に映るのは現在(1956年が舞台)の風景より、過去の思い出だ。最初、自らの高い職業意識と、かつての主人ダーリントン卿に対する尊敬の念が語られて、失われゆく時・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
佐藤春夫『田園の憂鬱』
(約900字) - chez sugi
『美しき町・西班牙犬のいる家』を読んだ直後くらいに読もうと思っていたのだが、なかなか置いている本屋がなくて一年近くたってしまった。作者の佐藤春夫自身とおぼしき神経衰弱気味の男が癒しをもとめて、都市近郊の農村に妻と犬猫ともども移り住むが、かえって状態が悪化して、妙な幻聴が聞こえたり・・・[続きを読む] |
2009 14:30 |
佐々木敦『ニッポンの思想』
(約1100字) - chez sugi
佐々木敦さんのことを知ったのは、TBSラジオで毎月一回深夜に放送されている文化系トークラジオLifeという番組がきっかけだった。サブパーソナリティーとして番組に出演していて、ラジカルで鋭い話しぶりにすごい人だと思っていたが、たまたまこれまで著書を読む機会がなかった。基本的に音楽、・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
入不二基義『相対主義の極北』
(約1200字) - chez sugi
「真偽や善悪などは、それを捉える「枠組み」や「観点」などに応じて変わる相対的なものであり、唯一絶対の真理や正しさなどはない」という相対主義の考え方は、基本的には賛成なのだが、現実にはびこる相対主義は、単純な現状肯定だけならまだしも、差別、おぞましい悪習、虐殺を肯定する道具に使われ・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
入不二基義『相対主義の極北』
(約1300字) - chez sugi
「真偽や善悪などは、それを捉える「枠組み」や「観点」などに応じて変わる相対的なものであり、唯一絶対の真理や正しさなどはない」という相対主義の考え方は、基本的には賛成なのだが、現実にはびこる相対主義は、単純な現状肯定だけならまだしも、差別、おぞましい悪習、虐殺を肯定する道具に使われ・・・[続きを読む] |
2009 14:00 |
村上春樹『1Q84』
(約600字) - chez sugi
上下巻でなくBOOK1、BOOK2なのはひょっとしてBOOK3がありうるということを示しているのではないかと思ったが、これは、小説の中で言及されるバッハの平均律クラヴィーアの構成を模倣しているためだった。平均律クラヴィーアは、24の前奏曲とフーガがメジャー、マイナー交互に配置され・・・[続きを読む] |




















